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風の道が変わった日

今日から秋、と

くっきりとわかるような

そんな境目の日を過ぎてから1週間。

 

毎日のように秋の風が

容赦なく街を吹き抜けていて

あぁまた何かが変わるんだ、と

教えてくれているようです。

 

目に入ってくる色が

オレンジに変わりきった秋の日。

 

今日は彼女の誕生日です。

 

 

幼なじみという存在

 

 

私には生まれたときから

ずっと一緒にいた

大切な存在がいます。

 

隣同士の家で、

私よりも

半年早く生まれた彼女は、

 

大きな目と

よく笑う唇を持っている

快活な女の子でした。

 

健康的な肌の彼女と

全体的に色素の薄い私は

まるでオセロだと笑われながら

いつも一緒にいました。

 

一緒にいることが当たり前で

一緒に遊ぶことが当たり前で

お互いのことを

聞く必要すらなかったくらい

 

“一緒” という感覚で

子ども時代を過ごしてきました。

 

大人になったある日、

小学校時代の別の友人に

こんなふうに聞かれました。

 

“子どものころの記憶が

全部一緒って

どういう感覚なの?”と。

 

2人とも言葉を失いました。

 

記憶が重なっていることに

気づいていないくらい

私たちにとっては自然なことでした。

 

今思い返せば、

自分とその子との境目が

子どもの私には

わからなかったんだと思います。

 

 

私の中からなくなったもの

 

 

中学校に入り、

クラスが別々になって

入った部活も違っていて、

 

お互いの友人関係も

少しずつ

変わってきました。

 

自分と相手の

朧げだった境目が

次第にでき始め、

 

今まで使わなかった“言葉”で

お互いを

感じ始めるようになりました。

 

思春期真っ只中の、

根拠のない

万能感のようなものが

 

自分たちを

包んでいたある日、

 

彼女の親が離婚して、

別の街に

引っ越すことになった、と

 

母から聞かされました。

 

薄い曇が広がった夕方。

いつもなら家で話すのに

その日はなぜか

 

どちらが言い出すでもなく

海に行き、

何も言わずに歩いていました。

 

お互いの世界が変わることを

確認するための言葉を

その時の私は持っていなかったし、

 

“一緒”だった彼女に

“違う”ことになることを

聞いてもいいのかも

わかりませんでした。

 

急に彼女が

防波堤の上に上がって、

私は下から

 

グレーとオレンジが

混ざり合った空と

彼女の背中を見ていました。

 

後ろから吹いてくる海風に

煽られたせいか、

目を見ずにすむ位置に

離れられたおかげか、

 

それはわからないけれど、

とにかく、そのとき

つっかえながらやっと声が出ました。

 

“引っ越すん?”

 

彼女は言いました。

 

“うん”

 

あぁ現実は、

やっぱり現実なんだと

突きつけられて、

 

そして、

ちょっと腹が立って、

言いたくなりました。

 

“いいの?”

 

いじわるを含んだその言葉を聞いて

彼女は困ったように笑いながら、

彼女ではないような小さい声で

 

“仕方ないから”

 

と、だけ言いました。

 

その日、それ以上、

何も話せなくなった私たちは、

黙ったまま、

 

風の避けばがない

暗くなった防波堤を

何往復もしました。

 

自分の中から何かがなくなった、

そんな感覚が

身体の中にずっとあって

 

心の中に

風が吹き抜けるような

そんな道ができてしまって、

 

どうにかしたいと思うのに

誰にも聞くことができなくて

 

言葉にもできず、ただそれを

抱えることしかできないくらい

そのときの私は子どもでした。

 

そのとき感じた感覚に

喪失感という名前がつくんだ、と

私が知ったのは

高校生になってからでした。

 

 

風の道が変わった

 

 

そこからもう数十年。

 

彼女との関係は

細く長く、ずっと続いています。

 

実家の西側には

誰も住まなくなった家が

それでもずっと残っていて、

 

夕方の太陽を

遮ってくれていました。

 

コロナで世界が

変わり始めたころに

取り壊しの話が決まったらしく

 

夏の気配が

まだまだ強かった先月、

威嚇的なブルドーザーが

わさわさと押し寄せて

 

あっという間に

家を飲み込んでしまいました。

 

人が入れ替わっても

ご近所付き合いが風化しても

 

記憶を留めておくべく

ずっと引っ張っていた

大きな家の存在がなくなって、

 

まるで消しゴムで消したみたいに

なんだかすごく簡単に

思い出の景色がなくなりました。

 

広くなった家の西側には

大きな空が貼りついて

今までとは違う方角から

 

風が吹き抜けるようになりました。

 

あぁ、これが喪失感か。

 

感覚が具象化されたように

すっきりと、

その景色を受け止めることができました。

 

家がなくなった空き地も

屋根の位置に広がった空のスペースも

どこからか訪れるこの風も

 

思春期の私の中に起きた

あの感覚とまったく同じ

“喪失感”でした。

 

風の道が変わった日。

今日は彼女の誕生日。

 

失って空いたそのスペースは

必ずまた何かで満たされるし、

 

次の何かが入るから、

そのスペースが必要だったんだろうし、

 

だからこそ、

そこに新しい風が吹くのだろうし。

 

そんなことを考えながら

喪失感の景色を眺めて、

彼女のことを思い出していました。

 

“また帰るよ。実家みたいなものだから”

 

いつも彼女はそう言って、

私の家に遊びに来てくれます。

 

風の道が変わったこの家に。

きっとこの次もまた、同じように。

 

 

丸谷香

丸谷 香(まるたにかおり)

精神保健福祉士/社会福祉士/公認心理師

メンタルコーチ。元大学病院のMSW。就労・児童および産業分野でソーシャルワーク、心理カウンセリングなどに従事。
現在は、経営者、個人事業主、専門職向けのコーチングのほか、障害福祉事業所の組織開発、対話型発達障害研修などを行う。

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